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最高裁判所第一小法廷 平成10年(オ)1465号 判決 1999年3月11日

上告人

株式会社シティズ

右代表者代表取締役

谷﨑眞一

右訴訟代理人弁護士

坂下宗生

谷口玲爾

坂本秀德

被上告人

岩岡誠

被上告人

桑元実男

右両名訴訟代理人弁護士

足立修一

粟飯原友義

秋山義信

浅井嗣夫

虻川高範

荒木貢

安保嘉博

飯田昭

五十嵐幸弘

池宮城紀夫

石口俊一

石橋乙秀

板根富規

市川守弘

伊藤誠基

茨木茂

岩渕敬

岩西廣典

岩本朗

植田勝博

上原邦彦

上柳敏郎

臼井満

宇都宮健児

及川雄介

大神周一

大橋昭夫

大堀有介

尾川雅清

小関敏光

加瀬野忠吉

加島宏

椛島敏雅

釜井英法

紀藤正樹

加藤修

金子武嗣

河野聡

河原昭文

木村達也

呉東正彦

黒澤誠司

小島延夫

小林秀俊

小林正博

小林美智子

小松陽一郎

今瞭美

斎藤浩

坂本宏一

笹木和義

佐藤進一

佐藤むつみ

清水洋

白出博之

鈴木義仁

末吉宣子

須田滋

瀬戸和宏

田中俊夫

田上剛

武井康年

竹川幸子

辰巳裕基

谷脇和仁

辻公雄

寺澤弘

十枝内康仁

戸田慶吾

戸田隆俊

中村宏

中村周而

長尾治助

那知哲

新里宏二

長谷川彰

日野昭和

平谷優子

平山泰士郎

廣島敦隆

藤本明

藤森克美

二國則昭

本田祐司

牧野聡

松井恵

水谷英夫

森田英樹

森雅美

山川元庸

山口格之

山崎敏彦

山田寿

山田延廣

山本一志

由良登信

吉岡和弘

吉田耕二

我妻正規

古閑敬仁

上村雅彦

堀内恭彦

東拓治

黒木和彰

大庭康裕

徳永隆志

松井仁

熊田佳弘

井手豊継

曽里田和典

斎藤浩三

山崎吉男

林田賢一

奥田克彦

山上知裕

山喜多浩朗

畑中潤

河原一雅

佐藤進

松本光二

石井将

服部弘昭

小倉知子

加藤哲夫

秋月慎一

中村博則

縄田浩孝

仁比聰平

前田憲徳

安部千春

尾崎英弥

田邊匡彦

中野和信

三溝直樹

本多俊之

前田和馬

河西龍太郎

東島浩幸

焼山敏晴

団野克巳

辻泰弘

蜂谷尚久

山口茂樹

稲津高大

佐川京子

森永正

岡村正淳

古田邦夫

瀬戸久夫

柴田圭一

神本博志

青山定聖

田尻和子

森徳和

年森俊宏

織戸良寛

中島多津雄

宮田尚典

松田幸子

松田公利

成合一弘

西山律博

松岡優子

吉田孝夫

増田秀雄

新垣剛

武田昌則

奥津晋

阿波連光

加藤裕

仲山忠克

兼島雅仁

三宅俊司

宮崎政久

浅野則明

阪田健夫

殷勇基

木村裕二

高木康彦

畠山正誠

山本政明

主文

原判決中、被上告人岩岡誠の請求に関する部分及び同桑元実男の請求に関する上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の各部分につき、本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人坂下宗生、同谷口玲爾、同坂本秀德の上告理由第一について

一  原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、貸金業の規制等に関する法律(以下「法」という。)所定の登録を受けた貸金業者である。

2  上告人は、平成四年九月三〇日、珍坂政生に対し、一五〇万円を、利息及び遅延損害金の利率を年39.80パーセントとし、平成四年一〇月から同九年九月まで毎月二五日に六〇回にわたって元金二万五〇〇〇円ずつを経過利息と共に返済するとの約定で貸し渡し、被上告人桑元実男は、同日、上告人に対し、右消費貸借契約に係る珍坂の債務を連帯保証する旨を約した。

3  上告人は、平成五年六月四日、珍坂に対し、一〇〇万円を、利息及び遅延損害金の利率を年39.80パーセントとし、平成五年七月から同一〇年六月まで毎月三日に六〇回にわたって元金一万六〇〇〇円ずつ(最終回は五万六〇〇〇円)を経過利息と共に返済するとの約定で貸し渡し、被上告人岩岡誠は、同日、上告人に対し、右消費貸借契約に係る珍坂の債務を連帯保証する旨を約した。

4  上告人は、右各消費貸借契約及び連帯保証契約の締結に際して、珍坂及び被上告人らに対し、それぞれ貸付契約説明書及び償還表と題する書面を交付した。右各貸付契約説明書には、右2の返済期日について「毎月二五日」、右3の返済期日について「毎月三日」と記載されていたが、右期日が日曜日その他の一般の休日に当たる場合の取扱いについての記載はなかった。

5  珍坂及び被上告人らは、上告人に対し、原判決の別紙充当計算表1及び2のとおり、元本並びに約定の利率による利息及び遅延損害金を支払った。これを利息制限法所定の制限利率に引き直して計算すると、被上告人岩岡の連帯保証に係る消費貸借契約については六六万一一二〇円、被上告人桑元の連帯保証に係る消費貸借契約については五二万八八六一円の過払い(以下「本件過払い」という。)が生じていることになる。

二  本件は、被上告人らが、上告人に対し、本件過払いが上告人の不当利得であるとしてその返還を求める事件である(被上告人岩岡の請求金額は六五万五一三四円、被上告人桑元の請求金額は九一万八六〇五円)。上告人は、法一七条一、二項及び一八条一項(いずれも平成九年法律第一〇二号による改正前のもの。以下同じ。)に規定するところに従い、珍坂及び被上告人らに対し、法一七条一項各号及び二項に掲げる事項について契約の内容を明らかにする書面(以下「一七条書面」という。)並びに法一八条一項各号に掲げる事項を記載した書面(以下「受取証書」という。)を交付しており、法四三条所定の要件が満たされているから、本件過払いは有効な利息又は遅延損害金の債務の弁済とみなされると主張している。

原審は、右事実関係の下において、(一) 返済期日として定められた日が休日に当たる場合に返済期日をその前日とするのか翌日とするのかは当該契約条項の解釈にゆだねられ、書面にその旨の記載がない場合に当然にそのいずれかに定まるものではない、(二) 上告人が交付した前記貸付契約説明書及び償還表は、その記載自体において返済期日が休日に当たる場合の取扱いが不明確であるから、「各回の返済期日及び返済金額」(法一七条一項八号、二項、貸金業の規制等に関する法律施行規則(昭和五八年大蔵省令第四〇号)一三条一項一号チ)の記載としては不十分である、(三) したがって、法四三条の規定によりみなし弁済の効果を生ずるための要件である一七条書面の交付がされたとはいえないから、受取証書の交付の有無について判断するまでもなく、本件過払いを有効な利息又は遅延損害金の債務の弁済とみなすことはできないとして、本件過払いの限度で(被上告人岩岡については前記請求金額の限度で)被上告人らの請求を認容した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1 毎月一回ずつの分割払によって元利金を返済する約定の消費貸借契約において、返済期日を単に「毎月X日」と定めただけで、その日が日曜日その他の一般の休日に当たる場合の取扱いが明定されなかった場合には、その地方においては別異の慣習があるなどの特段の事情がない限り、契約当事者間にX日が右休日であるときはその翌営業日を返済期日とする旨の黙示の合意があったことが推認されるものというべきである。現代社会においてはそれが一般的な取引の慣習になっていると考えられるからである(民法一四二条参照)。

そして、右黙示の合意があったと認められる場合においては、一七条書面によって明らかにすべき、「各回の返済期日」としては、明示の約定によって定められた「毎月X日」という日が記載されていれば足りると解するのが相当である。けだし、契約当事者間に右黙示の合意がある場合には、一七条書面にX日が右休日に当たる場合の取扱いについて記載されていなくても、契約の内容が不明確であることにより債務者や保証人が不利益を被るとはいえず、法が一七条書面に「各回の返済期日」を記載することを要求した趣旨に反しないからである。

2  これを本件について見ると、上告人が珍坂及び被上告人らに交付した各貸付契約説明書には、返済期日として「毎月二五日」又は「毎月三日」と記載されるにとどまり、これらの日が右休日に当たる場合の取扱いについての記載はなかったのであるが、前記の推認を否定すべき特段の事情があったことの主張立証はないから、上告人と珍坂及び被上告人らとの間に二五日又は三日が右休日に当たる場合にはその翌営業日を返済期日とする旨の黙示の合意があったことが推認されるものというべきである。したがって、右各貸付契約説明書は、「各回の返済期日」の記載に欠けるところはなく、法一七条の要件を満たすものということができる。

四  そうすると、原判決中、これと異なる判断の下に、一七条書面が交付されたとはいえないことを理由に法四三条の適用を否定し、被上告人らの請求の全部又は一部を認容すべきものとした部分には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中の右部分は破棄を免れない。そして、右部分について、受取証書の交付の有無について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

上告代理人坂下宗生、同谷口玲爾、同坂本秀德の上告理由

第一 原判決は、本件契約書面に返済期日が日曜日又は祝日に該当する場合の取扱いについての記載がないことを以て貸金業規制法第一七条一項八号、同規則一三条一項一号チの「各回の返済期日及び返済金額」の要件を欠くものと判断し、法四三条のみなし弁済の成立を否定したが、右判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反(旧民事訴訟法第三九四条)ある。(なお、本件の上告理由については、民事訴訟法附則第二〇条により、旧民事訴訟法の規定が適用される。)

一 法一七条書面で記載すべき事項

1 そもそも、法一七条の書面としては、法一七条、規則一三条一項の記載の表現自体から要求される事項を当事者が合意し記載すればその要件を満たすものであって、当事者が契約当時に契約の具体的な内容として合意をしていなかった細部の点についてまでも記載をしなければならないものではない。

まず、規定の文言上からみても、法一七条一項は「契約を締結したときは、…その内容を明らかにする書面を」借主に交付することを求めているだけであり、契約当時者が実際に合意した契約の内容を明らかにすれば足りる。

立法趣旨からしても、同条は、従来貸金業者の中には契約書面さえも交付しない者がいた実情に鑑み、契約した書面の交付を義務付け、債務者が貸付に係わる契約の内容を把握させて不利益を蒙ることがないようにして紛争を防止しようとしたものであるから、一七条書面では実際に締結した契約の内容を明らかにすれば足り、当事者が契約当時に予想をしておらず具体的に合意がなかった点についてまで記載を義務付けようとするものではない。契約においては契約時に予想をせず合意をしなかった部分もありえることで、かかる場合には当該契約を規律する法令の趣旨、取引慣習等にしたがって契約内容を合理的に解釈し、合意の欠如を補充していくのが契約解釈の原則である。後記のとおり法や規則は「各回の返済期日及び返済金額」を定めるよう要求しているだけで、当該返済期日が日曜日や休日に該当する場合の取扱いの記載についてまでは規定をしていないのであるから、右合意が欠けていた部分については、立法趣旨に照らして債務者の不利益にならないことを第一義として解釈しかつ取扱処理すれば足り、返済期日が日曜日や休日に該当する場合の取扱いの記載がないことを以て一七条等違反というのは不当な法解釈である。

本件では、上告人と被上告人との間では、契約当時において今回のような問題点が発生することは予測しておらず、したがって、毎月の返済期日は合意したものの、返済期日が日曜日または休日に該当する場合の取扱いについては具体的に合意をしておらず、契約の内容とはなっていなかったのであるから、むしろ記載ができなかったのは当然のことであり、また、後記のとおり記載が欠如していても債務者には一切不利益を与えないような取扱いをしているのであるから、何ら法一七条一項八号、同規則一三条一項一号チの要件を欠くものではない。

2 原判決の判断は罪刑法定主義(憲法第三一条)の観点から絶対に許されない。

法一七条の要件の問題は単に四三条のみなし弁済の成立の有無の問題だけではない。法は一七条違反に対しては行政処分(三六条一号、業務停止)だけでなく刑事罰(四九条三号、三〇万円以下の罰金)の効果も与えているのであって、一七条及びこれを具体化した規則一三条一項一号チは刑罰法規の構成要件としても機能しているのである。

罪刑法定主義、予測可能性の観点からすれば、構成要件の解釈は厳格でなければならないことは当然のことであって、契約締結時に当事者が予想をせず具体的な合意を形成しなかった事項についてまでもこれを契約書面に記載しなかったことを理由に刑罰を課すと言うのでは、構成要件を拡大解釈し、実質的には契約時にそのような合意をしなかったという過失(合意の欠如)まで処罰するということであって、到底許されるものではない。本条の構成要件は「各回の返済期日及び返済金額」の記載がないことであり、「返済期日が日曜日又は休日と該当する場合にその取扱いの記載をしないこと」は構成要件として明記されていない。

原判決は一七条について刑事罰としての構成要件の解釈の観点を全く持っておらず、誠に不当極まりない判断である。

3 今日の貸金業者の貸付はその殆どが分割弁済を前提にしており、返済期日が日曜日や休日に該当する場合があることは相当の頻度でありうることであるが、法の趣旨を達成するために詳細な規定を置いた同規則も、返済期日が日曜日や休日に該当する場合の取扱い規定については特に触れていない。

このことは、規則の案文作成者でさえも返済期日が日曜日又は休日に該当する場合の取扱いについてまで合意をすることを念頭に置いていなかったからに他ならず、まして右取扱規定の「合意の欠如」を持って一七条違反とし刑事罰まで課することなど思いもよらぬことである。

4 さらに、法三三条により設立を認められた社団法人全国貸金業協会連合会(略称「全金連」)や法二五条により設立を認められた各都道府県の社団法人貸金業協会は、法二七条二項の規定にしたがい、模範契約書を作成し、都道府県知事の認可を受けて各会員に対し右模範契約書を使用し又は参考にして貸付契約を行うように指導し、実際に全国の大多数の貸金業者がこの模範契約書を使って貸付契約をしているものであるが、右模範契約書にも現在返済期日が日曜日又は休日の場合の取扱いについては全く記載をしていない。同契約書第1条(契約内容の表示)の③約定支払日の欄はと記載されており、返済期日が日曜日や休日に該当する場合について記載をすることは予定もされておらず、念頭にも置かれておらず、また記載できる余白は全く設けられていない。

右契約書は、全金連が造詣が深い弁護士三名の協力を得て作成し、昭和五九年一月一九日大蔵省及び国税庁に原案を提出、同年一二月二三日基本的に了承を受け、同六〇年三月一四日と八月一二日に大蔵省及び国税庁に修正案を提出し、その後規則制定者である大蔵省との数回にわたる協議、修正を得て記載の仕方、内容の了承を受けたものである。さらに、同年八月一二日には最高裁判所民事局から同契約書についての照会を受け、その後最高裁判所民事局(第一課長園尾隆司氏、第一課法規判例係長伊藤秀城氏、局付判事補山下郁夫氏)と協議をして一部の指摘も受け、同局の承認を受けたものである。そして、各都道府県の貸金業協会は、これをもとに模範契約書につき都道府県知事の許可を受け、各会員に使用を指導している。上告人についても、右契約書を参考にして本件契約書面を作成し、同六三年五月一〇日に熊本県知事の認可を得て契約書面として使用してきたものである。

原判決の考え方によれば、規則制定者である大蔵省や最高裁民事局までもが承認し、四七の各都道府県知事も認可し、各都道府県の貸金業協会の指導のもと全国の協会員約一万社(人)の貸金業者が使用している殆どの契約書面が一七条の要件を欠くことになり、四三条の成立はことごとく否定されて四三条は全く死文化することになってしまうばかりか、右の様な大蔵省や最高裁民事局の承認を得た模範契約書を使用している約一万社(人)もの業者が、何億件、何十億件という膨大な犯罪行為を犯し、また現在も新たに犯し続けていることになってしまうが、このような解釈は到底容認されるはずもないことである。原判決は本件が大蔵省や最高裁民事局の指導の結果であることをどう考えるのか、右指導にしたがった膨大な数の業者を犯罪者にし、何十億件という犯罪行為を作出する結果になることを一体どう受け止めるというのか。

後記のとおり最高裁平成二年一月二二日判決が「利息として任意に支払った」の意義につき厳格すぎる有力説を排除した実質的な理由は、厳格な解釈は「ほとんどの場合任意性が否定され、実際上四三条が適用されることはほとんどないことになり、かえってヤミ金融を横行させることになることを考慮した判断である」(法曹時報四四巻第一号滝澤孝臣最高裁判所調査官)と言われており、そうであれば、四三条を死文化する解釈は立法目的達成のためには絶対避けなければならず、この観点からも原判決の判決は極めて不当である。

5 原判決は一義的明確性を強調するが、これはリボルビング払契約の契約書面につき記載の一義的明確性を判示した名古屋高裁平成八年一〇月二三日判決の理由付けをそのまま引用しただけにすぎず、全く不当である。

そもそも右名古屋高裁判決の事案は、当事者間で前提となるリボルビング払いについての合意はできているものの、包括契約書と個別の交付書面を併わせ判断しても、その各記載の仕方からは容易にどのような計算をすれば良いのかが判明せず、債務者に契約内容が明確にならないという事案について、その立法趣旨から記載の仕方が一七条書面の要件を欠くと認定したもので、いわば当然の正当な判断である。

しかし、本件は、右事案とは異なり、そもそも書面に記載する前提となる返済期日が日曜日又は休日である場合の取扱につき当事者間で合意がなく、したがってその記載をしなかっただけの事案であるから、右名古屋高裁の理由付である一義的明確性を持ち出して判断するのは全くの的外れの議論であり、不当極まりない。

二 立法趣旨にもとづく実質的な観点からの法一七条の要件の検討

1 一七条書面が法の要件を充足しているのか否かを判断するにあたっては、契約の内容又はこれに基づく支払の充当関係が不明確であることによって債務者が不利益を被ることになってはならないという法の趣旨に合致するか否かという「実質的な観点」を踏まえて検討をしなければならない(最高裁平成二年一月二二日判決・民集四四巻一号三三二頁参照、東京高裁平成九年六月一〇日判決・平成八年(ネ)第四四三・五五五号)。

すなわち、法は、社会問題化したサラ金地獄を解消するため、貸金業者の取締及び規制の強化を図るべく、貸金業者の登録制、出資法の制限金利の大幅引下等のほか、個別的、具体的な契約関係についても債務者に対する契約証書及び受取証書の交付を義務付けるなど貸金業者にムチを打つ規定をもうけたが、他方で、超過利息等の支払を無効としたまま貸金業者に契約書面及び受取証書の交付を強制することは却って法の趣旨としない「ヤミ金融」を助長する結果となりかねないので、四三条で一定の要件の下に超過利息等の支払を有効な債務の弁済にして、貸金業者に保護(アメ)を与え、以って資金需要者等の利益保護という立法目的を達成しようとしたものである。

このような立法趣旨からすれば、一七条書面の要件を充足するか否かの判断にあたっては、形式的に考えてあまりにも厳格な適用をすることは、実際上は四三条のみなし弁済の適用を殆ど否定してしまい、「業者への一定の保護」は全くなくなって、却って法の趣旨としない「ヤミ金融」を助長する結果になってしまう。現在でも四三条のみなし弁済の適用を受けるのは至難の業と言われているのに、余りにも厳格な適用をすることは四三条を死文化させ、業者は裁判所を通さずに自力救済へと走り、新たなる社会問題を惹起し、ひいては法の趣旨としない「ヤミ金融」を助長する結果になってしまうのであるから、これを避けるためには、単なる形式論ではなく、債務者が不利益を被っているか否かという「実質的な観点」を踏まえて一七条の要件充足の有無を検討する必要がある。

2 右最高裁判決は「法の趣旨」から説き起こし「利息として任意に支払った」の意義につき厳格すぎる有力説を排斥したが、右判決が「法の趣旨」に言及しているのも、契約書書面及び受取証書の記載事項が法一七条及び一八条の所定事項、更に大蔵省令の所定事項、銀行局長通達の所定事項の全てを網羅していること、また、その記載事項が事実と寸分違わず一致していることを要するというような杓子定規な解釈適用ではなく、事案に即した幅のある弾力的な解釈適用を肯認する趣旨である。(滝澤孝臣最高裁判所調査官「最高裁判所判例解説民事篇平成二年度」四四頁、法曹時報四四巻第一号、判例タイムズ七三六号一〇五頁、ジュリスト九五九号九二頁)。

3 この点、前記の東京高裁平成九年六月一〇日判決も、前記最高裁判決を引用したうえで、一七条書面の要件につき、形式論ではなく「債務者が不利益を蒙った否かという実質的な観点から判断する必要がある」ことを明言し、契約書面に印紙額の記載がなく、債務者から受領した全ての書類につき記載がなく、持参払の記載がない場合であっても、また、規則一五条二項により貸付日及び貸付額の記載に代えることができるとされている契約番号の記載がないという不備があった場合でさえも、債務者には実質的な不利益はないものとして、一七条の要件充足を肯定している。

4 このような実質的観点から本件を検討すると、

(1) まず、本件消費貸借契約1及び本件連帯保証契約1(被上告人桑元分)については、債務者には何らの実務的不利益も生じていない。

① 上告人においては、返済期日が日曜日又は休日に該当する場合の取扱いについては契約当時は想定をしておらず当事者と合意をしなかったものの、事後的には債務者の不利益にならないような実際上の取扱いをして来ている。すなわち、上告人は日曜休日該当の場合の取扱規定を合意していなかったので、よって、コンピューターにもカレンダー処理を行うソフトを組んでおらず、領収証兼利用明細書上には一応は日曜日又は休日を返済期日として翌日から遅延損害金が付加された旨の記載をしているが、実際上の取扱いは期限徒過の取扱いは一切せず、請求の際は翌営業日を返済期日とした取扱いをしており、債務者には一切の実質的不利益を与えていない。

本件で期限の利益を喪失した際の支払である甲第九号証の領収証兼利用明細書(控)を見ると、なるほど返済期日の平成四年一〇月二五日(日曜日)の翌日である同二六日(月曜日)から遅延損害金になった旨の記載はあるが、上告人は本件の発端となった広島簡易裁判所における被上告人桑元に対する連帯保証債務履行請求訴訟においても、請求原因としては「平成四年一〇月二六日(代理人注、月曜日)支払うべき元利金の支払を怠り期限の利益を失った。」と記載して実際上は翌営業日を支払期日とする取扱をしており、債務者には何の不利益も生じていない。

② しかも、本件では、利息の利率と損害金の利率とは同率であるから、債務者の支払には一層実質的な不利益は生じていない。

いわば、甲第九号証だけが損害金の起算日を同二七日からと記載すべきところを同二六日からと一日違いで記載されているだけのことであり、その他の領収証には何の不備もない事案であるから、債務者には全く実質的な不利益はない。

③ また、本件では、確かに返済期日が日曜日に該当する場合が九回あるが、実際の支払経過を見ると、期限の利益を喪失した際の珍坂の支払は二日遅れの平成四年一〇月二八日の水曜日になされており、返済期日が日曜日に該当する場合の取扱いの記載を欠いたからと言って特に実際上の問題が発生した事案ではなく、どのみち期限の利益を喪失した事案である。

さらに、債務者は第一回返済期日から遅滞をして一回で期限の利益を喪失していたのであるから、たとえその後に返済期日が日曜日に該当する場合が八回あったとしても、既に失期した以上は、その後に取扱規定の記載を欠くことによって問題が発生することはなく、債務者に実質的な不利益が生じることは一切なかったものである。

(2) 本件消費貸借2及び本件連帯保証契約2(被上告人岩岡分)についても、債務者には何らの不利益も生じていない。

① 本件についても、上告人は当時取扱規定を想定していなかったのでコンピューターにもカレンダー処理をするソフトを組んでおらず、期限の利益を喪失した際の支払である甲第七八号証の領収証兼利用明細書を見ると、なるほど返済期日の同六年四月三日(日曜日)の翌日である同四日(月曜日)から遅延損害金になった旨の記載はあるが、上告人はさらに本件のもう一つの発端となった広島簡易裁判所における被上告人岩岡に対する連帯保証債務履行請求訴訟においても、請求原因として「平成六年四月四日(代理人注、月曜日)支払うべき元金の支払を怠り期限の利益を失った。」と記載して、実際上は期限徒過の扱いは一切せず、翌営業日を返済期日とする取扱いをしており、債務者には何の不利益も生じていない。

② しかも、前記のとおり利息の利率と損害金の利率とは同率であるから、債務者の支払には一層実質的不利益は生じていない。

ただ、甲第七八号証だけが損害金の起算日を同五日からとすべきところを同四日からと一日違いで記載されているだけであり、その他の領収証の記載には何の不備もない事案であるから、債務者には全く実質的不利益はない。

③ 確かに、本件では、債務者が期限の利益を喪失するまでには、同五年一〇月三日、同年一一月三日及び同六年一月三日の三回返済期日が日曜祝日に該当する場合があったが、そのいずれの場合にも実際の支払は予定返済期日よりも前に支払がなされており、返済期日が日曜祝日に該当する場合の取扱いの記載を欠いたからと言って特に問題が発生したことはなかった。

さらに、本件では期限の利益を喪失した際の支払は期日より何と二八日も遅れた同年五月二日になされており、どのみち期限の利益を喪失した事案であり、また、同年四月四日に既に期限の利益を喪失してしまった以上は、その後に返済期日が日曜祝日に該当する場合が一七回あったとしても、取扱規定の記載を欠くことによって問題が発生することはなく、債務者が不利益を蒙ることは一切なかった事案である。

(3) 以上から、本件では、いずれの場合も、契約書面により債務者に契約内容及び充当計算の手掛かりを与え、弁済金の充当関係を明らかにし、紛争を防止するという一七条の立法趣旨は十分に実現されているし、また、債務者の具体的不利益は全くなかったのであるから、このような場合にまで決して一七条の要件を欠くと認めるべきではない。

5 原判決は、被上告人が「具体的に不利益を受けたかどうかは法一七条書面に該当するか否かの判断に影響を及ぼすものではない」との前提に立っているが、この様な実質を考慮しない余りにも業者に厳格過ぎる解釈論では、前記のとおりどの業者についても四三条のみなし弁済が適用される余地は全くなくなり、四三条は空文化、死文化してしまい、業者は裁判所を通さない自力救済に走り、却って法の趣旨としない「ヤミ金融」を助長することになり、極めて不当である。

司法関係者の考えの根底には、そもそもの出発点として利息制限法こそ最善のものであり、これを超えた約定金利はいわゆる「高利貸し」のものとして悪であるとの共通の基本認識がありこれが厳格な解釈論につながるように思われるが、貸金業の経営実態とこれを反映した四三条の立法経過はこのような基本認識とは全く異なるものである。

規制緩和が叫ばれ外国の大資本が貸金業界にも参入して来る中、国内の貸金業者としても約定利率を低下させるべく無限の経営努力をしなければならないことは言うまでもないことであるが、本件の様な物的担保のない、しかもやや金額の大きい事業者ローンタイプの貸付においてはリスクは大きくまた万一の場合の回収にも手間と労力を要することから、利息制限法の制限利率の年一五パーセントの約定利息で業者が健全な経営を維持することは到底困難なことである。別紙のとおり、大手銀行のカードローンを除いては、いわゆる上場の一流企業と言われる業者でさえも年率二四ないし三六パーセントの約定金利を設定して営業しているのが実情であって、まして全国の零細な中小の業者が利息制限法所定の年一五パーセントの約定利息の範囲内で営業し健全な経営を維持することは全く困難である。

法が、貸金業者の規制強化を図ると共に、四三条によるみなし弁済の制度を認めたのも、このような貸金業者の経営実態を考慮し企業経営に一定の配慮をなしたからであって、四三条の解釈にあたってはこのような立法の基礎となった事実を的確に反映した、立法趣旨に沿った解釈がなされなければならない。

原判決のように業者側に余りにも厳し過ぎる形式的、硬直的な判断をしては、上告人のように四三条の適用を受けるために必死で努力を重ねている業者までも否定して、結局は四三条の適用を受けることができる業者は実際上は存在しないことになり、「業者への一定の保護」はなくなり、四三条は空文化、死文化してしまい、利息制限法所定の制限利率では経営ができない業者によるヤミ金融が横行するに至り、結局は立法目的を害する事態が生じることは必至であり、この意味からも、原判決の判断は極めて不当である。

第二<省略>

以上

(添付書類省略)

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